菅佐知のblog

神を愛する人は、兄弟を愛すべきです。
これが、神から受けた掟
(おきて)です。
Ⅰヨハネ4:21(10/20の週の聖句)

 

 わたしは、彼らと永遠の契約を結び、
彼らの子孫に恵みを与えてやまない。
エレミヤ32:40

 

 従って、これは、
人の意志や努力ではなく、
神の憐
(あわ)れみによるものです。
ロマ9:16

 

 マルコ10:17~27
 詩16(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/20;Ⅲ日曜)

 

 災いだ、
自分自身を養う牧者たちは。
牧者は群れを養うべきではないか。
エゼキエル書34:2

 

 めいめい自分のことだけでなく、
他人のことにも注意を払いなさい。
フィリピ書2:4

 

 マタイ6:1~4
 ヨブ記1:1~22(通読箇所)

   (ローズンゲン日々聖句10/21;月)

 

 「私は、神を愛しているから、兄弟は愛さなくていい」という者は
偽り者なのだそうです。
天の神、【主】、「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たち、兄弟が愛し合ってほしいと思っておられる方なのだそうですから。

 

 預言者エゼキエルの時代、
バビロンの捕囚になる前のエルサレムの指導者たちに対して、
天の神、主は言われるのですね。

「あなたがたは脂肪を食べ、羊の毛を身にまとい、肥えた羊をほふるが、
羊を養わない。
弱った羊を強めず、
病気のものをいやさず、
傷ついたものを包まず、
迷い出たものを連れ戻さず、
失われたものを捜さず、
かえって力ずくと暴力で彼らを支配した」(エゼキエル34:3~4)、と。

 

 天の神、主によって、
「さあ、人を造ろう。
われわれのかたちとして、われわれに似せて」(創世記1:26)
と望まれて造られた私たち人間。

 

 イエスが言われるように、
「父よ。あなたがわたしにおられ、
わたしがあなたにいるように、
彼らもわたしたちにおるようになり、
わたしたちがひとつであるように、彼らも(わたしたちと)一つになる」ものとして(ヨハネ17:21~22)。

 

 けれども、最初の人アダムは、
その造られた「神との一つ」の関係に留まることを善しとせず、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」者になって(創世記3:5、22)、
「的外れ」、神の創造の目的からずれたものとなり、
それが、今日の私たちに遺伝しているようです。

 

 それで、この「的外れ」になっている
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる私たちの思いは、
自分を人よりも優れた者とし、人の上に立て、
良いもののすべてを独占しようとする思いなのですね。
 

 それで、神の律法を自分の力で守ろうとしても、
うわべだけ、表面だけのことになり、
心は少しも変わらないのですね。

 

 そのことを、天の神、主は、
モーセ以来のイスラエル1500年の歴史を通して明らかにしたうえで、
【御子である神】、イエスが受けられた十字架刑での処刑によって、
この「的外れ」になった私たちの〔生まれたときからの霊〕を
処刑が終わっているもの、死んだものとしてくださるのだそうです。

 

 そのうえで、【父である神】は、
死んで墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
自分が生きていることを証明し、神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエスを通して、
もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣してくださって、
この方によって、私たちの心に
ご自身が私たち一人一人に思っておられる御思いを置いてくださり、
受け入れる者の心にご自身の御思いがあるようにし、
受け入れる者がご自身と心を一つにして歩むようにしてくださるのだそうです。
新しい、永遠の契約として(エレミヤ31:31~33、エゼキエル36:25~28)。

 

 それで私たちの心にも、
【父である神】が思っておられる
「めいめいが自分のことだけでなく、
他人のことにも注意を払う」思いもあるようにしていただけるのですね。

人に見せるためにではなく、
神の御前に歩んで(マタイ6:1~4)。
この新しい週も。

 

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立ち上がってください、主よ。
人間が思い上がるのを許さないでください。
詩9:20

 

 イエスの祈り:
わたしがお願いするのは、
彼らを世から取り去ることではなく、
悪い者から守ってくださることです。
ヨハネ17:15

 

 マタイ14:22~33
 マタイ23:29~39(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/ 19;土)


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方が、
立ち上がって、
義によって、公正に、正しいさばきを行ってくださるように、と、
ダビデは訴えているのですね。
そうでないと、人間は、
「神はいない。裁きをする者はいない」と思い上がり、
いよいよ自分の思う道に行ってしまうのですから。


 イエスが、十字架刑での処刑を受ける前夜、
【父である神】に願われたことの一つは、
弟子たちをこの世から取り去ることではなく、
この世にあって悪い者から守ってくださるように、
ということだったのだそうです。
これから、弟子たちを用いてしようと思われることがあったから、
なのでしょうか。

 

 そして、ガリラヤ湖で、
向かい風のため波に悩まされ、漕ぎ悩む弟子たちの舟に、
イエスは、湖の上を歩いて近づかれ、
水に沈むペテロの手をつかんで引き上げられたように(マタイ14:22~33)、

また、めんどりがひなを翼の下に集めるようにして(マタイ23:37)、
立ち上がって、守ってくださって。

今日も。

 

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あなたは
隣人に物を売り、
また隣人から物を買うときは、
互いに欺
(あざむ)いてはならない。
レビ記25:14(口語訳)

 

 人にしてもらいたいと思うことは何でも、
あなたがたも人にしなさい。
これこそ律法と預言者である。
マタイ7:12

 

 使徒5:34~42
 マタイ23:1~12(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/17;木) 


 天の神、【主】、「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たちが物を売ったり買ったりするときにも、
相手を欺いて害を与えたりしないように、と仰るのですね。

 

 【父である神】、【御子である神】、【聖である霊】と呼ばれる神は、
互いに、相手にしてもらいたいと思うことは、相手にしておられる方、
愛において、
相手の思うことが成って行くことを願っておられる方なのだから、なのでしょうか。

 

 神から出たこと、
神がこうしようと思われたことは
そのとおりに成って行くのだそうですから(使徒5:38~39)。
私たちにも。

 

 私たちは宴会の上席や、広場であいさつされたり、
人から先生、師と呼ばれることが好きで、
なんとか、自分を人よりも高くしたいものです。

 

 けれども、天の神、【主】は、
互いに仕える人になってほしいのだそうです(マタイ23:1~12)。

 

 十字架刑での処刑を受け、
死んで墓に葬られ、
三日目、死人の中から新しい霊のからだに復活し、
天の、父である神】の右の座に復帰されたイエス。

 

 そのイエスが受け入れる者に派遣してくださる
【聖である霊】と呼ばれる方は、
受け入れる者の心に、
その、【父である神】の御思い、
「相手に仕えていきたい」という思いも置いてくださるのだそうですから。

今日も。

 

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私を、お引止めにならないでください。
この旅の目的をかなえさせてくださったのは
主なのですから。
創世記24:56

 

 イエスは、
マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、
「わたしに従いなさい」と言われた。
彼は立ち上がってイエスに従った。
マタイ9:9

 

 ルカ7:1~10
 マタイ22:34~46(通読箇所)ひ
   (ローズンゲン日々聖句10/16;水)


 すべてのことは、【父である神】の御思いから発し、
この方によって成り、
この方に至るのだそうです(ロマ11:36)。

 

 それで、主人アブラハムから、
息子イサクに妻をむかえるようにと言われ、
アブラハムの故郷、アラム・ナハライムに行ったアブラハムのしもべは、
神が、アブラハムの兄弟ナホルの妻ミルカの子ベトエルの娘
リベカに出会わせてくださり、
リベカもイサクのもとへ行くことを承知したとき、
10日ほど、別れを惜しんでから送り出したいというリベカの兄と母の申し出に、
このように答えて、すぐ帰ることを選んだのだそうです。

 

 取税人マタイも、
イエスから「わたしに従いなさい」と言われて、
すぐ、立ち上がってイエスに従ったのですね。

 

 兵士が上官の命令を、すぐ、そのとおりにするように、
イエスが言われたことはすぐ、そのとおりに実現するのだそうです。
死にかけていた百人隊長のしもべの病気がいやされるようなことも(ルカ7:1~10)。

 

 【聖である神】と呼ばれる方は、
私たちの身代わりとなって十字架刑での処刑を受け、
死んで墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
御自分が生きていることを証明し、
神の国について語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエスを通して
受け入れる者に来てくださり、
私たちの心に【父である神】の御思いを置き、
書きしるしてくださるのだそうです。

 

 「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、
私たちの神である主を愛する」思いも、
「隣人(となりびと)を自分自身のように愛する」思いも(マタイ22:37~39)。

 

 それで私たちも、
〔生まれたときからの私〕という霊から来る「引き止める」思いを振り切って、
すぐ、行動に移すと、
その御思いのとおりが成ることを体験させてもらえるのだそうです。

今日も。

 

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主の言葉:
わたしはあなたを国々の光とし、
わたしの救いを
地の果てまで、もたらす者とする。
イザヤ書49:6

 

 神はキリストを高く上げ、
あらゆる名に勝る名をお与えになりました。
フィリピ書2:9

 

 ヤコブ書1:1~6(7~11)12~13
 マタイ22:23~33(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/15;火)


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
選民イスラエルを、
そして、イエスによってご自身の子、ご自身の民としてくださった者を、
国々の光、世の光とし、地の果てまで
イエスによって完了した救いを届ける者として用いてくださる、
と仰るのですね。

 

 イエスは、神の御姿である方なのに、
神のあり方を捨てられないとは考えず、
私たちの救いのために、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、
人間のようになられて、人としての性質を持って現れ、
自分を卑しくし、死にまで従い、
実に十字架の死にまで従われたのだそうです。

 

 それで、【父である神】は、
このイエスを高く上げ、
すべての名、あらゆる名にまさる名をお与えになり、
ご自分の右の座に復帰させなさったのですから。

 

 それで、私たちも、別のキリストではなく、
このイエスによる救いを地の果てにまで伝えるのですね。

 

 たとえ、試練に遭うことがあっても、
イエスを通して来てくださるもう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方は、
試練を通しても信頼関係を強くしてくださり、
忍耐と知恵を与え、
何一つ掛けたところのない、
成長した、完全な者としてくださるのだそうですから。

 

 試練に耐え抜き、良しと認められ、
神を愛する人に約束された
いのちの冠を受けるように、と(ヤコブ1:2~5、12)。

 

 死によってこのからだを脱ぐことになっても、
初穂として復活されたイエスに続いて私たちにも、
天使のような新しい霊のからだを着せてくださる(マタイ22:23~30)のだそうですから。

 

 イエスによるこの救いを地の果てにまで。
今日も。

 

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世に打ち勝つ勝利、
それは私たちの信仰です。
Ⅰヨハネ5:4(10/ 13の週の聖句)

 

 わたしはお前たちを、
すべての汚れから救う。
エゼキエル書36:29

 

 従って、
今や、
キリスト・イエスに結ばれている者は
罪に定められることはありません。
ロマ書8:1

 

 ヘブル書11:1~7(8~10)
 マタイ22:15~22(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/14;月・祝)


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
力のある方、言ったことをそのとおりに実行なさる方。

 

 この方が言われるのですね。
「お前たちを、すべての汚れから救う」と。

 

 そのためには、
御子である神が人として人の世に来られて、
私たちすべての人間の、すべての「的外れ」、「背き」の責任を
ご自身の身に負われて、十字架刑での処刑を受けられて、
私たちの〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑が終わっている者、死んだものとしてくださるのですね。

 

 そして、金曜日の朝、九時ころに十字架にかけられたこの方は、
午後三時ころ、「完了した」と仰って息を引き取られ、
夕方、近くにあったアリマタヤのヨセフが自分のために掘っておいた墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって何度も弟子たちに現れて、
自分が確かに生きていることを証明し、神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に復帰なさったのだそうです。

 

 そして、その位にあって、受け入れる者に
もう一人の助け主、【聖である霊】と呼ばれる方を派遣してくださるのだそうです。

 

 私たちの心から石の心を取り除き、やわらかな、柔和な心にして、
この方によって、私たちの心に
【父である神】の御思いを置き、書きしるしてくださって、
受け入れる者が
【父である神】と思いを一つにして生きる心にしてくださるのだそうですから
(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)。

 

 それは、私たちをイエスと同じ心にしてくださるということでもあるようです。

イエスは、
「自分からは何事もせず、
ご自身を遣わした方、
【父である神】の御思いがなるように」(ヨハネ6:38、8:28)と
【父である神】と心を一つにして行動された方なのだそうですから。
 

 だから、【聖である霊】と呼ばれる方によってイエスに結ばれた心、
思いがイエスの思いの中にいるようにしていただいている者は、
「罪に定められる」、
「的外れの者」、「そむく者」との有罪の判決を受けることはない、のだそうです。

 

 この神との信頼関係の中を歩む者は、
この方のお言葉、約束のとおりを体験することになるのだそうですから。
アベルのように。エノクのように。
ノア、アブラハム、サラのように(ヘブル11:1~12)。

 

 そして、この神に信頼していく者は、
イエスと同じように神の知恵をもって歩むのだそうです。
パリサイ人たちがイエスをことばのわなにかけようとして、
「税金をカイザル(ローマ皇帝)に納めることは、
律法にかなっているでしょうか」と問うたとき、

「かなっている」と答えればローマへの協力者だとして、
「かなっていない」と答えればローマに反逆する者だとして非難できるその問いに、

イエスは、
「カイザル(ローマ皇帝)のものはカイザルに返しなさい。
そして神のものは神に返しなさい」と答えたので、
パリサイ人たちは驚嘆して、
何もできず、イエスを残して立ち去ったように(マタイ22:15~22)。

 

 【聖である霊】と呼ばれる方は、
イエスを通して、
信頼する私たちにも来てくださって。
今日も。

 

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主は高き所にいらせられて、
その勢いは多くの水の轟に勝り、
海の大波に勝って盛んです。
詩93:4(口語訳)

 

 イエスは、
「あなたがたの信仰をどこにあるのか」と言われた。
弟子たちは恐れ驚いて、
「いったい、この方はどなたなのだろう。
命じれば風も波も従うではないか」
と互いに言った。
ルカ8:25

 

 ロマ書4:18~25
 マタイ22:1~14(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/12;土) 

 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
いと高き所におられる方。
その勢いは、大水のとどろき、
海の大波の力にもまさって力強くあられる方。

イエスが命じられると、風も波も従い、
ガリラヤ湖の嵐もおさまったのだそうです。

 

 アブラハムは、天の神、【主】から、
「わたしは確かにあなたを大いに祝福し、
あなたの子孫を、
空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。
あなたの子孫によって、
地のすべての国々は祝福を受けるようになる」(創世記22:17~18)
との約束を受けていました。

 

 けれども、アブラハムと妻サラの間には子どもが生まれず、
アブラハムは、およそ100歳、サラは90歳、
自分のからだが死んだも同然であること、
サラの胎の死んでいることを認めても、
約束された方への信頼は弱まらなかったのだそうです。

神には、約束されたことを成就する力があることを
知っていたのだそうですから(ロマ4:19~21)。


 【父である神】は、
王子のために結婚の披露宴を設けた王が、
招待しておいた客が来ないので、
しもべたちを大通りに送って、
良い人でも悪い人でも出会った者をみな、宴会に連れて来たように、
私たちを招いていてくださるのだそうです(マタイ22:1~14)。
礼服は、イエスによって、
ご自身の側で用意して。

 

 大水のとどろき、海の大波のにもまさる御力によって。
今日も。

 

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彼ら(イスラエルの民)
戦車の数が多く、
騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、
主に尋ね求めようとしない。
イザヤ書31:1

 

 私たちの資格(新しい契約に仕える資格)
神から与えられたものです。
Ⅱコリント3:5(6)
 

 黙示録2:8~11
 マタイ21:33~46(通読箇所)
  (ローズンゲン日々聖句10/11;金)


 私たち、
「神のひとりのようになり、
善悪を知る」ようになっている者は(創世記3:5、22)、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方に対立、対抗して、
この方と同じようになろうとして、
全知、全能、永遠不変の者になろうとする性質を持って
生まれてきているのですね。

 

 それで、知識を増し、自分の能力を伸ばし、
持ち物を増やし、兵力を増し、
この方に頼らなくてもいいようになり、
この方を無視し、自分の思うとおりに生きられる者になろうとする。
この方がどう思っておられるのか、など、気にも留めないでいいようにと。

 

 けれども、天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
「さあ、人と造ろう。
我々のかたちとして、われわれに似せて」(創世記1:26新改訳)とおしゃった
創造の最初の目的を完成させようとしておられる。

 

 それで、イエスは、
「あなた(父である神)がわたしにおられ、
わたしがあなたにいるように、
彼らも私たちにおるようになるため、

わたしたちが一つであるように、
彼らも(わたしたちと)一つであるため」(ヨハネ17:21~22)に、
十字架刑での処刑を受けられて、
私たちの「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
「的外れ」になっている〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑されたもの、死んだものとしてくださる、というのですね。

 

 そして、墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活されたイエスは、 
40日にわたって何度も弟子たちに現れ、
御自分が確かに生きていることを証明し、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の【父である神】の右の座に復帰されたのですが、

 

 その位にあって、もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣してくださる
というのですね。。

 

 この方によって、
私たちの心に【父である神】の御思いを置き、書きしるして、
【父である神】の御思いが私たちにあり、
私たちの思いが【父である神】の御心の中にあるようにしてくださる、

 【父である神】、【御子である神】、【聖である霊】と呼ばれる神が、
思いを、心を、一つにしておられるように、
私たちとも、思いを、心を、一つにする者になろう、と。

 


 新しい契約、それは、
「見よ。その日が来る。
――主の御告げ―― 
その日、わたしは、
イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。
その契約は、
わたしが彼らの先祖の手を握って、エジプトの国から連れ出した日に、
彼らと結んだ契約のようではない。
わたしは彼らの主であったのに、
彼らはわたしの契約を破ってしまった。
――主の御告げ―― 
彼らの時代の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうだ。
――主の御告げ―― 
わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、
彼らの心にこれを書きしるす。
わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる」(エレミヤ31:25~33)。

 

 「わたしがきよい水をあなたがたの上にふりかけるそのとき、
あなたがたはすべての汚(けが)れからきよめられる。
わたしはすべての偶像の汚れからあなたがたをきよめ、
あなたがたに新しい心を与え、
あなたがたのうちに新しい霊を授ける。
わたしの霊をあなたがたのうちに授け、
わたしのおきてに従って歩ませ、
わたしの定めを守り行わせる」(エゼキエル36:25~27)というもの。

 

 私たちをあらゆる汚れからきよめたうえで、
新しい霊、【わたしの霊】と呼ばれる方を私たちに派遣してくださり、
この方によって、私たちの心に
律法、定め(ご自身の御思い)を置き、書きしるして、
私たちのうちにご自身の御思いがあるようにして、
私たちをご自身と思いを、心を一つにする者にしてくださるとの。

 

 この新しい契約に与(あずか)り、仕える資格を
神が与えてくださる、というのですね。

 

 「見よ。悪魔はあなたがたをためすために、
あなたがたのうちのある人たちを牢に投げ入れようとしている。
あなたがたは十日の間苦しみを受ける。
死に至るまで忠実でありなさい。
そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。
勝利を得る者は、
決して第二の死によってそこなわれることはない」(黙示録2:10~11)、
とおっしゃられて。

 

 イエスは「家を建てる者たちの見捨てた石」のように見捨てられ、
十字架刑での処刑を受けられて、
この、「新しい契約」の「礎(いしずえ)の石」(マタイ21:42)
となっていてくださるのですから。

 

 私たちも、
〔生まれたときからの私〕から出てくる思いは、
「死んだもの」から出て来た思いであると認めて、
イエスの御前に投げこみ、
かなぐり捨てながら、
新しい契約、
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
【父である神】と思いを一つにしていくあゆみの中へと。
今日も。

 

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わたしは背(そむ)く彼らをいやし、
喜んで彼らを愛する

(イスラエルへの主なる神の言葉)。ホセア書14: 5

 

  疑いを抱いている人々を憐れみなさい。ユダ書22

 

 フィリピ書1:19~26
 マタイ21:28~32(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/10;木)

 

 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
背く私たち、
神と心を一つにして生きる者に、との願いで造られていながら、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、
造り主である神に対立、対抗している私たちの、
その背きをいやし、
私たちを喜んで愛する、大切に思う、と仰ってくださっているのですね。

 

 だから、疑いを抱いている人を切り捨てるのではなく、
あわれみをもって、
火の中からつかみ出して救うように、と。

 

 それで、使徒パウロが言っているように、
私たちの願いは
「世を去って、イエス・キリストと共にいること」であり、
この世にいるよりも、その方がはるかに勝っているのですが、
天の神、【主】は、
なお、私たちをこの世に置いて、
皆の信仰の進歩と喜びのために一緒にいるように、
と思っておられるようです(ピリピ1:19~26)。

 

 ただ一緒にいても、
父親から「きょう、ぶどう園に行って働いてくれ」と言われて、
「行きます。お父さん」と答えながら、行かなかった
兄息子のような私たちをも、
「行きたくありません」と言ったが、
あとから悪かったと思って、ぶどう園に出かけて行った
弟息子のように、
父の願ったとおりにする者に(マタイ21:28~32)、と。

 

 【父である神】は、
私たちの
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになって、神に背く、
〔生まれたときからの私〕という霊を、
イエスが受けてくださった十字架刑での処刑に合体させて、
処刑が終わっているもの、死んだものとしてくださるのだそうです。

 

 そのうえで、
墓に葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人のうちより新しい霊のからだに復活し、
40日にわたって弟子たちに何度も現れ、
ご自身が確かに生きていることを示し、
神の国のことを語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の、【父である神】の右の座に帰られたイエスを通して、

 

 もう一人の助け主、
【聖である霊】と呼ばれる方を受け入れる者に派遣してくださり、
この方によって私たちの心にご自身の御思いを置いてくださり、
私たちの心にご自身の御思いがあるようにしてくださるのだそうですから。

 

 神の御思いを無視し、背くばかりだった私たちが
【父である神】と同じ思いを思い、心が一つになって、
「父の願ったとおりをする」者に、と。

 

 私たちを、喜んで愛し、あわれみ、いやして。
今日も。

 

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ヤコブの言葉:さあ、これからベテルに登ろう。
私はその地に、
苦難のときに私に答え、
旅の間私と共にいてくださった神のために
祭壇を造る。
創世記35:3

 

 いつも、
あらゆることについて、
私たちの主イエス・キリストの名により、
父である神に感謝しなさい。
エフェソ書5:20

 

 使徒9:36~42
 マタイ21:23~27(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句10/9;水)


 天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方が、
ヤコブに言われたのですね。

「立って、ベテルに上り、そこに住みなさい。
そしてそこに、あなたが兄エサウから逃れて行ったとき、
あなたに現れた神のために祭壇を築きなさい。」

 

 それで、そのお言葉のとおりにヤコブは行動したのですね。
私たちも、いつも、あらゆること、すべてのことについて、
私たちの主イエス・キリストの名によって、
父である神に感謝をささげる者へと。

 

 ヨッパの人々、
病気で死んだタビタ(ギリシャ語:ドルカス)を
ペテロを通して生き返らせてもらって(使徒9:36~42)、
どんなにか、慰めを得、神に感謝をささげたことでしょう。

 

 けれども、宮を管理し、民を指導する立場にあった祭司長、民の長老たちは、
イエスが盲人や足のなえた人をいやされるのを見ても、
「何の権威によってこれらのことをするのか。
だれが、あなたにその権威を授けたのか」と問いただすばかりで、
感謝しようとはしなかったのだそうです。

 

 私たちも、
天の神、【主】を無視して、自分の考えを押し通していく
〔生まれたときからの私〕という霊から出てくる思いは、
イエスの十字架刑に合わせていただいて処刑されたもの、
死んだものから出てきている思いであると認めて
イエスの御前に差し出しながら、
イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる
【父である神】の御思いについて行くのですね。
感謝をささげながら御思いの中へと。
今日も。

 

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